おぎゃーと生まれて、両親に愛されて育って、
自分から家族以外の生き物を本気で真剣に「愛した」ってのは、私の場合は愛犬だった。
(でもって、多分愛犬以上に人間を愛することは無いかもな。。。)
人間として未熟な私だから、「愛」とは何ぞよ?と聞かれたらそれは・・・・・
命懸けで愛するものを守ることだと答えると思う。
それ以外には思いつかないもん。
本当の「愛」って、そうではないのかも知れないけど、私の「愛」はそうなんだよなぁ~っ。
ただ言えることは、その中には打算も計算も無い、本当に純粋にそう思ってる。
ラブが老犬になるまでは、可愛がることが「愛」かと思ってた時期もある。
そうじゃない、本当の「愛」は愛するものを命懸けで守ることなんだと教えてくれたのもラブだった。
そして、愛する気持ちは「火事場のばか力」だって本当に出るんだから自分でも驚いた。
ラブが突然歩けなくなって、ラブがパニックで失禁して・・・・・私も驚いて涙ぼとぼと流して・・・・・その時に思った。私がやらなきゃ誰がラブを守るのって。
近くにあった暖簾でラブと私の体をくくりつけて、30キロあったラブを抱いて急な階段を降りたんだもんねぇ~っ。
30キロだからねぇ~っ、30キロ。しかも私は腰痛持ちよぉ~っ。
この間、当時ラブを抱いて上げ下ろししてた当時の仕事場の階段を見て来たけど、ありえんよぉ~。マジ。
自分で思う、その時の私のドコにそんな力があったんだっ!?って。
これが「愛」よ!と思うことは色々とあるけれど、私の場合は一言で言うならこの事件が全てだったと思う。
だって、それまでの私はラブを抱っこして一歩でも歩くなんて無かった。30キロは重いから無理もない話。
(せいぜい、獣医さんの診察台に乗せるくらいしか無かった。)
おちゃちゃ、パピは抱っこするから、甘ったれのラブは車の中でいつも私に擦り寄ってきてたけど、小さい子と同じようには出来なかった。
だから、ラブと暮らして12年半だった、その日初めてラブを抱いて歩くどころか、急な階段を降りたんだもんね。
大きなラブ抱いてるから足元は全く見えないし、そりゃ怖いというよか無謀だった。。。。。
命懸けだった、本気で。
私はラブが死ぬまで、今までと変わらない暮らしをさせてあげたかったから、それはラブが亡くなるまで2年半続いた。
だけどね、ちぃ~~~っとも辛くなかった、むしろ楽しかった。
だって、そこには確かに「愛」があったから。(^○^)
おちゃちゃも最後の1年半は痴呆で垂れ流しだったし、私のことも分からなくなってたし、性格が元々凶暴なとこもあって、、、、、
だけど、その時はおちゃちゃの側で世話をしてやれる時間が偶然にも与えられたことを神様に感謝した。
ずっと忙しくて、寝る時くらいしか家にいなかった私の代わりに、ずっと家を守ってくれてたおちゃちゃだから。。。。最後は私が側にいてやりたかったから。
ラブとは違う形だったけど、おちゃちゃのことも愛してたけど、私のこと忘れられてたことは本当に辛かった。
あいよっ、1つだけお願いがある。
どうか、ボケないで欲しい。。。。
ボケても、ねぇーちゃんのこと忘れないで。。。。。
あいのこと、ねぇーちゃんが命懸けで守らなければいけなくなるまで、まだ時間はあるんだけど、
ねぇーちゃんも年を取るから、今から「その時」の為に体力が衰えないように頑張るよ。
だけど、心配はしなくてイイからね。
だって、
ねぇーちゃんの愛は力持ちだもん。(^O^)
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